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東京高等裁判所 昭和38年(う)2703号 判決 1964年6月22日

控訴人 被告人 田口珍臣

検察官 中根寿雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を科料九〇〇円に処する。

右科料を完納することができないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中原審及び当審における証人吉野孝次、同高橋善弥、原審における証人繁沢清一に各支給した分はその全部を、同君島元義に支給した分はその三分の一を、いずれも被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人秋山昭一作成名義の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここに、これを引用するが、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

所論は軽犯罪法一条三三号にいう「その他の工作物」というのは、構成要件が不明確であるというが、右工作物の概念は、民法七一七条の規定にもこれを見るのであつて、それは、人工的作業によつて地上又は地下に設置した一切の建設物を指称する。

そして、右軽犯罪法一条三三号の構成要件要素としての工作物の概念の意味内容を確定するについて、右の如く解釈によりその内容を明らかにする必要があるからといつて、その構成要件の内容が不明確である、といえないことは勿論であり、右字義に照らし電柱が、前記の「その他の工作物」に該当することは疑いを容れない。次に、右一条三三号にいう「はり札」とは、所論の如くこれを木札又は金属製の札に限るべき合理的理由は存しないのであり、本件の如く一時的に貼るポスターの如きも又右「はり札」に該当するものと解すべきである。更に、右一条三三号にいう「みだりに」とあるのは、一般社会の法感情として許容された行為までを処罰する趣旨でないことを特に明規したものであるという。社会生活上正当な行為者は一般社会の法感情として許容された行為が犯罪とならないことは所論の指摘をまつまでもない。ところで、右一条三三号にいう「みだりに」とあるのも、はり札をすることについて、社会通念上正当の理由の存在を認め得ない場合、すなわち、そのはり札をする行為が違法とされる場合に限り、同条同号の犯罪を構成する所以を明示したに過ぎないものであり、本件において被告人らが電気通信共済会管理に係る前示電柱に、同共済会の許可を得ないで本件ポスター一枚を貼つたものである以上、その行為が同共済会の右電柱に対する管理権を侵害し、これを違法とすべきことは当然である。そのポスターを貼るについて、被告人らに所論の如き目的、事情があつたからといつて、そのことの故に、未だ本件行為を正当化させる事由としてこれを評価することはできない。なお論旨は、右管理権の内容が明確でないというが、それも当らない。証人高橋善弥の原審及び当審の各供述によれば、電気通信共済会は、日本電信電話公社との契約により公社の所有する一切の電柱を有料で広告の媒体として一般の広告主に使用させる権利を排他的に有し、同共済会としては右契約に基づく権利を行使するため電柱を管理しているものであることが明らかであるから、被告人らが右共済会の許可を得ずしてした本件行為が、右の意味の共済会の管理権を侵害するものであることは当然であり、この場合所論の如く管理権の内容が明らかでないとか、法益の侵害がないなどといえないことは当然である。

(その余の理由は省略する)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 寺内冬樹 判事 谷口正孝)

弁護人秋山昭一の控訴趣意第五点

法令適用の誤り

軽犯罪法第一条第三三号は「みだりに」とは単に違法性を修辞的に表現したものではなく、同法第四条の「この法律の適用にあたつては、国民の権利を不当に侵害しないよう留意し、その本来の目的を逸脱して他目的のためにこれを濫用するようなことがあつてはならない」との規定と相まつて解釈されなければならない。軽犯罪法の前身が「警察犯罰令」なる悪法であり旧憲法下において国民の権利を侵害し、とくに勤労大衆の運動、労働運動、農民運動、更には社会主義、民主主義をめざす進歩的活動を弾圧してきたことは公知の歴史的事実であり、中でも三三号(警察犯処罰令三条一五号)が集会、争議等の告知行為に対する取締法規として弾圧の猛威をふるつた。軽犯罪法第四条が当初国会の法案審議の過程においてではなく激烈な制定反対の世論を無視しえず政府原案になかつたこの一ケ条を追加せざるを得なかつた。それは軽犯罪法の政治的適用、捜査権の濫用による基本的人権の侵害、労働運動民主運動への適用等弾圧の武器とならないように法的保障を明文化したものと解される。

軽犯罪法の内容は極度に倫理的性格をもち、形式的に運用するならば、捜査官憲の自由な判断で数多い世人の行為の中、何れかを拾いあげて軽犯罪法違反の名において逮捕し、勾留し、処罰を求めることができ、国家権力の政治目的奉仕させる手近かな武器となることが出来るのである。かかる弾圧に使えないようにすることが四条の目的である。かかる観点にたち「みだりに」とは単に所有者又は管理者の承認を得なかつた場合をいうのでなく社会通念上相当性の認められない場合に限定すべきであり、前述の如く電柱えの貼りビラが一般社会の法感情としても許容された行為にまでも適用されることがあつてはならず且つ貼りビラが憲法上の表現の自由行使であることから考えても厳格に解釈されるべきである。

原判決は安易に捜査官憲の意図する政治的弾圧に手をかしたものといわざるを得ない。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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